あの街についてどこから話せば良いだろうか．
誰しも心のよすがを持っていて，それが有形であることもあれば無形であることもある．
僕の場合はもっぱら無形であり，想像上の産物であったり，記憶であったりする．
時として想像上の産物は実態を伴うことがあって，中学三年生のぼくは一夜のうちにある街の主人となった．これはそんなあの街についての記録．
幼い頃から散歩や地図，都市計画なんかが好きだった僕は，寝る前に行う想像の一つに空想の街を散歩するというものがあった．空想の街というのは広大で，自由で，刺激的だ．曲がり角を曲がると新しく世界が創造される．遠くににょきっと突き出した高層ビルがみえたなら，それを目指して歩いて行くんだ．
想像の街は一期一会だ．
小高い丘に並んだ団地の間には，草が生い茂った日向ヶ丘遊園という公園があって，いつも樋口製薬の営業車が止まっている．樋口製薬は白磯駅前に本社ビルを構えていて，駅とペデストリアンデッキで接続された2階部分には白磯高校の学生がたむろするファミレスが入居している．白磯高校は桃原市の公立高校の中では難関で，進学実績も良い．
一期一会だとしてもこれくらいの解像度の街を歩かないと気が済まない．そのうちに空想の街ですれ違う人々の人生まで想像し始める．こうなるともう病気に近い．
さて，話を現実に戻そう．
ある夜，寝る前に歩いた空想の街には特徴的なホテルが登場した．大きな交差点の角に建つ，建物の中央にある青いラインが特徴的なビルディング．
さっきも話したように，想像の街は一期一会で，寝たら綺麗さっぱり忘れる．ぼくの睡眠導入のために生まれては消える可哀想なやつ．
しかし，この建物は違った．朝起きてからもビジュアルがありありと目に浮かぶ．
幸い不登校のぼくの可処分時間は無限．マインクラフトで再現してやろうと思ったのが全ての始まり．
実はこのホテルはMinecraft PEのv0.9.0 alphaでスーパーフラットが登場してから移植したもの．なので2014年の7月10日からこの世界が始まったと言える．
ホテルを移植してからは街に道路を敷くことを始めた．道路で格子のように繋げていくと街区ができる．街区ができるとそこに建物を建てていく．ホテルにマンション，病院に駅．次第に建物は高層化していく．
一時は高層マンションの建設にハマった．SUUMOで実在するタワマンを参考に間取りを作成し，周辺も街もジェントリフィケーションしていく．
このときから街の持つ空疎な質感に悩み始めて，建物に名前をつけてみたり，入居する人物像を思い浮かべてみたり，街区（字）に名前をつけてみたりし始める．
字の命名をするのは難しい．現実の字だって歴史的な背景，地理的な背景があって名付けられているのだから，当然この街にも歴史が必要で地形の起伏なんかも必要だ．
そう思い立って，”スーパーフラット”ではじめたワールドに地形の起伏を作り始める．
たとえば，大鷹市宮前一丁目2に建つ『Wordsworth宮森』は全32戸のハイクラス賃貸マンションで，東に橘邸，南に宮森神社を望む山際に立地しており，なんといってもその価値は歴史のある土地にある．
”歴史のある土地”という抽象的なものをさらに繙けば，この大鷹島にいかにして神道が伝播し，なぜ島の盆地の西部に宮森神社が建てられたのか．という話へ繋がる．
また，旧外国人居留地であった場所には，高単価のブランドの路面店が並び，数年前までは景観条例に基づく厳しい高さ制限などが存在した．
このように街に対して細かい設定をつけることで，街の温度が上がっていく．
旅行に行けば，その土地の歴史を読み込んで”あの街”へ活かし，恋愛をすれば，思い出を”あの街”へ組み込んだ．
しかし，大学への入学や起業などのイベントが立て続けに起こった2017年を境にMinecraftをプレイする時間は徐々に減少してしまうのだった．
Minecraftを再開したのは鬱でVCを休職した2019年．大学の再受験を計画しながらだらだらと過ごしていた春先に新たなエリアを開拓した．
精神世界の反映というか，所狭しと並ぶ雑居ビル群から当時の精神状態が窺えるような気がする．
強迫的に空白部分を消滅させるような建物の建て方．これまでの街が持っていた”余白”のようなものが損なわれている．
そんなこんなで2023年．いわゆる高級住宅街というものを整備したり，島全体の街区・字名を割り振ったところで，設定を練る方向に注力し出して現在に至る．
また，会社を始めてしまったので以前のように建物を建てる時間はなかなか取れないが，街の設定などは詰めていきたいと思っている．
そうそう，この街（大鷹市）のある大鷹島という名称は2018~2019年ころに決めたんだけれど，島に伝わる大鷹伝説というものに由来している．1849年の大火によって詳しい文献が失われてしまっているんだけれど，全翼が三間（5m）はあろうかという怪鳥（鷹とされている）が一つの集落を滅ぼしてしまったらしい．
まあ，こんな感じの設定が各字にあったりするので，少しづつまとめていければ良いなと思う．
おしまい